アルザスに行ったのは、これまでただの一度きり。マヴィに入社する前、ドイツ人の友人を訪ねていたおりに、一日(半日)ストラスブール見学に出かけただけだった。ストラスブールのかわいらしくて美しい町並みと、おいしかったアルザス料理の晩ごはんくらいしか記憶に残っていない。だから、どれもこれもおいしいマヴィワインの中でもひと際エレガントで、洗練度の高いメイエー家に訪れることができるのはいつのことか・・・と心密かに狙っていた。「本当に願ったことは必ずかなう」というのは、私の信条のひとつだけれど、またこの願いも昨年夏、無事達成されることになった。
2006年7月初旬。温暖化を肌で実感できる暑い暑い日、ストラスブールの駅に降り立った。そこで、マヴィスタッフ全員が大ファンの赤坂のフレンチレストラン「オゥ レギューム」の五十嵐夫妻、従業員のSさん、お客様のNさん、そしてまたこれがすばらしい出会いとなった広尾のフレンチ「エパヌイ」の進藤シェフと合流。そう、今回のアルザスはこの二人のすばらしい料理人と一緒なのである。
ストラスブールでレンタカーに乗り込みいざ出発!・・・のはずが、車の様子が何やらおかしい。挙句の果てには煙がモクモク――すったもんだのあげく、結局別の車に乗り換えることになり、気を取り直してようやく出発となる。アルザスの道は美しい。特に7月は緑濃く、本当にすばらしいけれど、いかんせんこの土地は言葉が難しい!アルザス語はフランス語よりもどちらかというとドイツ語に近く、標識1つ読み取るのも簡単ではなくなってしまう。目的のベルゴルツ村に行くのに、大幅に行き過ぎてしまったり、戻ったりの繰り返しで、さっき電話したときは「じゃああと15分くらいで着くわね。」と言われたところから、なんと1時間15分くらいかけて、待たせに待たせて到着したのだった。
既に14時を回っていたというのに、食事をせずに待っていてくれたメイエー家の皆さん。
お父さん、お母さん(70代)、そして息子のフランソワとシルヴィー夫妻。この二人はともに長身ですらっとした美男美女だ。二人の間に、ジュリー(2006年当時13歳・女)、グザビエ(同9歳・男)、サラ(同7歳・女)という三人の子供たちがいる。三人ともご両親の血を引いて、とにかく背が高くて足が長い!見た目は実際よりも年上に見えるけれど、話し始めると子供らしさあふれるとても気持ちのいい子供たち。





(左から)お父さん、お母さん、フランソワ、シルヴィー、ジュリー
「ともかくよく来た、お腹がすいただろう。」と早速食堂へ案内いただく。フランスではとてもポピュラーな赤のギンガムチェックのテーブルクロスがかかったなが〜いテーブルが用意されていた。まずはクレマン
ダルザス ロゼがグラスに注がれる。朝から車の調子がおかしかったり、何度も道に迷ったりしてようやくたどり着いただけに、この至福の飲み物で迎え入れていただいのは本当にありがたい限り。少し緊張気味だった皆さんもすっかり打ち解け始めた。
そこで用意され始めた料理のすごいこと!
お母さんのいとこが仕出屋さんを営んでいて、そこからご馳走を取ってくれていた。サーモンとりんご、シブレットのマリネ、スモークサーモンとしょうがのマリネ、ローストビーフ、鴨のロースト、サーモンの白ワイン蒸し3種類のソース、サラダ多数、まさに旬のメロン、などなど。ビックリしたのは金ぴかにコーティングされた台に、料理の盛られた金ぴかの舟が浮かべられ、スイッチを入れると水がくるくる循環するという懲りよう。ドライアイスで煙こそ出なかったけれど、まるで披露宴のようなおもてなしぶりに一同感激!


食べても食べてもなくならないと思えるほど、ふんだんな量に会話も弾む。そこで出されたのは、ゲヴェルツトラミネールとピノ グリ。というのも、こういう冷たい料理のビュッフェにはゲヴェルツトラミネールがばっちり合うからだそう。お母さんはさらに、スパイスの効いた料理(必ずしも辛いという意味ではなく、スパイシー)にもゲヴェルツトラミネールは合うのよ、と話してくれる。「このワインは何と合いますか?」と面と向かって質問するよりも、こんな場面の方がずっとスムーズに答えが引き出せる。これはおいしい食事とワインの魔法だなあ。
これで終わらないのがフランスの食事で、続くはチーズ。この地方で一番いいチーズ屋さんから取り寄せてくれたとのことで(モルビエ、コンテ、フルムダンベール、シブレットが周りについたフレッシュのシェーブル、ハート型のヌーシャテル)、どれもバッチリの食べごろ。そしてもちろん、デザート!ヴァシュラン(フランスではポピュラーなデザートのひとつで、リッチなバニラアイスにメレンゲ菓子が入ったもの)の変形版でマンゴーとフランボワーズのシャーベットが2つの層になったアイスケーキ。すごく暑い日だったので、みんな大喜びだった。


食事時に盛り上がったのが折り紙で、突如日仏文化交流の開始となる。特に7歳のサラちゃんはもう夢中。折り紙とは日本人の独壇場かと思いきや、さすが(?)メイエー家の次期当主ですばらしいワインを生み出す腕をもつフランソワは折り紙でもいい腕を持っていた!お尻の部分を押すとピョンと飛び跳ねるカエルを大小作成してみせて、子供たちの尊敬のまなざしを得ていた。

(左)ちょっぴりはにかみ気味のグザヴィエ、(右)得意満面のサラ
一同お腹が大満足したところで、本来の訪問の目的を思い出し、カーブと畑を案内いただく。一家の性格をそのまま反映するかのように、道具は実に整然と並べられ、すごく清潔。タンクはステンレスと木の両方を用いていて、ワインに応じて木のタンクで寝かせておくワインもいくつかあるそうだ。けれども、ピノ ノワール以外は木の味が出すぎるのを避けるため、絶対に長くはおかないというのが秘訣らしい。ただピノの場合は少し期間が過ぎてもそれがまろやかさにつながったりするので、例外なのだとか。
ビオディナミ農法を実践しているメイエー家では、ビオディナミならではの道具もあれこれ見つかる。水を渦状に回転させるための道具やイラクサを煎じた液が作ってあるタンクなど。外に出ると堆肥の山も見つかった。ビオディナミでは、農場内で完結するというのが理想形とされていて、農場内に動物などを飼って、その糞とわらや植物の廃棄部分などを利用して堆肥を作る。メイエー家の場合、食用のうさぎを飼っているが、堆肥用には近所で飼っている牛の糞を利用しているそうだ。畑に山になっていたのは、14ヶ月くらい経過したものだったが、すっかり分解されて土の匂いになっていた。
ここで聞いた、メイエー家らしいエピソード。参加者の一人が、例えばあのかわいいうさぎを見て、サラちゃんは「かわいそう」とか言わないの?と質問した。すると、子どもはそういうものだとわかっている(うさぎは食べるために飼っている)という答えが。ある日金魚を買って来て、その金魚がそもそも家に着いたときから元気がなくて、案の定2日後に死んでしまった。それを見て「どうすればいい?」と聞くので、「猫が食べるよ」というと、子どもは死んだ金魚をもって、猫のところに持って行った。偶然その猫が1週間くらい後に死んで、そのときもやはり子どもは「この猫はどうするの(どうなるの)?」と聞くので、堆肥と一緒にするといいよと答えると、おじいちゃんと一緒に堆肥の山に持って行った・・・という話を聞かせてくれた。小さい頃から、物質は循環しているのだ、ということを自然に感じ取りながら暮らしているようだ。
ブドウ畑にたどり着く前に、またみんなの目をひくものが。家庭菜園と果樹園だ。この時期アルザスは春に花が咲く果物が次々と実っている。さくらんぼ(いわゆる普通の赤いさくらんぼに加え、なんと白いさくらんぼが。初めて目にしたけれどすごい美味)、プルーン、りんご、洋ナシ…ああ、さっき食べたばかりだというのにこんなにおいしそうと思う私って。それにしてもここの子供が本当にうらやましい。季節になれば、いつでももぎたてのフルーツが食べられるのだから。
誘惑を振り切って、何とか畑に向かう。途中フランソワははいていた靴を脱いで裸足になった。「小さい頃からずっと、畑を歩くときは裸足だったから」なのだそうだ。裸足のフランソワと質問に丁寧に答えてくれるお父さんとともに、ずんずん歩いていく。メイエー家では、草(雑草)は刈って、きちんと耕す。耕してあるから雨の後はぐちゃぐちゃになるので、すぐ畑に入れないそうだ。オーガニックでない他の畑も同様に草は生えていないけれど、それは除草剤を撒いた結果で、耕してもいないので、土がカチカチ。メイエーさんの畑は歩くと感激するくらいやわらかい。メイエー家のあるベルゴルツ村にはブドウ農家が9軒あるけれど、オーガニックはメイエーさんだけ。メイエーさんを含む3軒がワイン造りまで行っていて、残り6軒は共同醸造所(Cooperative)にブドウを売っているそうだ。
正面の斜面になっている畑を指差しながら、あれがグラン クリュの畑だよ、と教えてもらう。グラン クリュの畑は下でもなく上でもない、まん中あたりに位置する。品種別の畑の位置はというと、大体下の方がシルヴァネールやピノブラン、中腹あたりがゲヴェルツやピノ グリを植える場合が多いそうだ。土壌の質がそれに向いているというのが理由。
収穫は通常14人で行っているそうだ。アルザスは手の収穫が義務づけられているわけではないけれど、メイエー家ではずっと手で行う収穫にこだわっている。ここアルザスの場合、大部分が白の品種とはいえ、全7品種を育てている彼らには、収穫時期のずれが大きいだろうし、それをすべて手でやるというのは恐らくかなり大変なことに違いない。しかも、ブドウの質がいい年にだけ造る高貴な甘口ワイン、ヴァンダンジュ タルディヴなどは、少なくとも11月半ばくらいまでは収穫せず、12月になるときももちろんあるらしい。アイスワインのように凍ることまであるそうだ。それをすべて手摘みで。想像するだけでも労力を要することがよくわかる。
道を歩いていると、ふとお父さんがお隣の畑の葉っぱを見せてくれた。ベト病にかかっているそうだ。「病気に対して農薬を撒かないオーガニック農家の方が、病気にやられやすいように思うかもしれないけれど、一般の農家のブドウもやっぱり病気になっているんだよ。」と話してくれる。
メイエー家はお父さんの時代、1969年にオーガニックに転換したパイオニアの一人だ。きっと農薬を撒かないことで、周りからメイエー家のせいで病気が蔓延するだの、虫が来るだのそれはいろいろ言われてきたことだと思う。私への説明は、決して農薬で病気がなくなるわけではないんだ、ってことを伝えたかったんだろうなあと思う。すごい家系図が示すとおり、メイエー家は1620年からずっと続くワイン農家。その脈々と続く歴史が、きっと本来の農業をしなくちゃだめだよ、これからもずっと続けていくにはこれなんだよ、とお父さんにメッセージを送ってきたように思えてならない。
カーブと畑を一回りしたあとは、試飲タイム。マヴィで取り扱っていない、シルヴァネールやピノ ブランを含め、2種類のグラン クリュ、ヴァンダンジュ タルディヴまで実に8種類も!
気づけば、もう夜7時。あっという間の5時間だった。記念撮影を済ませたあとは、名残惜しく、後ろ髪を引かれつつも、本日の宿泊地に向かう。多くを語らないけれど、お父さんもフランソワも、本当に誠実で、自分の作品に絶対の自信をもっている。もっとじっくり話がしてみたかったなあと思う。
その夜レストランで、フランスで数年間修行をした経験もある二人のシェフが語った言葉が耳を離れない。本当にマヴィの造り手さんのもとに案内してよかったと心から思えた瞬間だった。
その言葉とは
――フランス人やフランスという国がこんなにすばらしいとは知らなかった。また戻ってきたい。――
レストラン修行時代は、やっぱり辛いことが多くて、フランス人の嫌な部分ばかりが目に付いていたらしい。きっとどちらのフランスも現実に存在するのだけど、田舎のしかもオーガニック農家を中心に訪問を続けている私は、そんな嫌な人たちに会ったことがないどころか、誰と出会っても感激したり、うなってしまうほどステキだったり、また必ず再会したいと思う人たちばかりだった。
メイエー家も、こんな私のラッキーな出会いコレクションに傷をつけることはもちろんなく、ただ再訪願望リストだけがまたさらに長くなった。
